WP_Ch.2_論証を判定する JUDGING ARGUMENTS
論証を判定する JUDGING ARGUMENTS p.27
第1章では幾つかのルールを紹介したが、おそらく君が最も脅かされたのはRule 1-5(論証の評価と一時的な判断形成)だろう。しかし恐れる必要はない。なぜならば、たとえ複雑な論証であろうともシステマチックに評価できるよう、Rule 1-5を綿密にした次のルールがあるからだ。
Rule 2-1 演繹論証と帰納論証の基本を知ろう Know the Basics of Deductive and Inductive Arguments
既に第1章でみたように、良い論証は結論を受け入れるための良き理由を提供するが悪い論証は良い理由の提供に失敗する。この違いを述べるためには、論証が取り得る様々な形式を知る必要がある。論証には二つの型がある。すなわち、演繹的論証と帰納的論証である。演繹的論証では前提が結論に論理学的に決定的な支持 conclusive support を与える。この支持が実現していれば、その論証は妥当 valid である。このことは極めて特徴的だ。すなわち、前提が真ならば結論も絶対に真でなければならないという意味だからである。またこの支持に失敗していれば論証は非妥当 invalid である。論証が非妥当であれば前提が真であっても偽であっても結論の真偽はわからない。妥当 valid と真 true とは同義語ではない。なぜならば、妥当/非妥当は演繹的論証に対する評価であり、真/偽は命題に対する評価だからだ。
ではシンプルな演繹的論証をみてみよう!
論証08〔ロイは勇敢か〕
すべての兵士は勇敢だ。
ロイは兵士である。
したがって、ロイは勇敢だ。
論証08は valid である。気をつけて欲しいのは一つ目の前提が実際には偽であったとしても、この論証はその形式によって依然として valid のままだということである。
論証09〔窃盗の道徳性〕
もし窃盗が人々に危害を加えるならば、それは道徳的に間違っている。
窃盗はまさに人々に危害を加える
したがって、窃盗は道徳的に間違っている。
この論証09もやはり演繹的論証であり、valid である。
もしpならばqである。
pである。
qである。
以下は帰納的論証の例。
論証10
この学校のほとんどすべての学生は民主党支持者だ。
したがって、マリア━━彼女はここの学生だが━━もおそらく民主党支持者である。
論証11
私が知っている共和党員の90%はボルボ〔自動車〕を所有する。
したがって、あらゆる共和党員の90%はおそらくボルボの所有者だ。
帰納的論証の評価はそれがどれだけ強いかどうかという言葉で表現される。
Rule 2-2 結論が諸前提から導けるか否か判断せよ Determine Whether the Conclusion Follows from the Premises p.30
論証09〔モダスポネンス、再掲〕
もし窃盗が人々に危害を加えるならば、それは道徳的に間違っている。
窃盗はまさに人々に危害を加える
したがって、窃盗は道徳的に間違っている。
論証12〔後件否定〕
もしその猫が絨毯の上にいたらその猫は眠っている。If the cat is on the mat, then she is asleep.
しかしその猫は眠っていない。
したがって、その猫は絨毯の上にはいない。
論証13〔後件否定、心脳問題〕
もし心が脳と同一であるならば、脳に損なうことは心を損なうことになるだろう。
しかし脳を損なうことは心を損なわない。
したがって、心は脳と同一ではない。
論証14〔三段論法〕
もしその猫が絨毯の上にいたらその猫は眠っている。
もしその猫が眠っているなら、その猫は夢をみている。
したがってもしその猫が絨毯の上にいたら、その猫は夢をみている。
p->q
q->r
p->r
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まとめ 妥当な条件論証の形式 QUICK REVIEW: Valid Conditional Argument Forms p.32
前件肯定式(モダスポネンス, MP, 分離式) AFFIRMING THE ANTECEDENT (MODUS PONENS)
もし〔命題〕p〔が真〕ならばq〔が真である〕。pである。したがって、qである。
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仮説的三段論法 HYPOTHETICAL SYLLOGISM
もしpならばqである。もしqならばrである。したがって、pならばrである。
後件否定式(MT, モダストレンス) DENYING THE CONSEQUENT (MODUS TOLLENS)
もしpならばqである。qではない。したがって、pではない。
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以下、よくある非妥当な形式。
論証15〔前件否定〕
もしその猫が絨毯の上にいたらその猫は眠っている。
しかしその猫は絨毯の上にいない。
したがって、その猫は眠っていない。
論証16〔後件肯定〕
もしその猫が絨毯の上にいたらその猫は眠っている。
その猫は眠っている。
したがって、その猫は絨毯の上にいる。
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まとめ 非妥当な条件論証の形式 QUICK REVIEW: Invalid Conditional Argument Forms p.33
前件否定 DENYING THE ANTECEDENT
もしpならqである。pではない。したがって、qではない〔誤った論証〕。
後件肯定 AFFIRMING THE CONSEQUENT
もしpならばqである。pである。したがって、pである〔誤った論証〕。
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帰納的論証もまた特徴的な形式だ。この形式に親しむことは君が論証を評価することの手助けになる。ここでは帰納的論証の3つのよくある形式をみてみよう。
1. 列挙的帰納 enumerative induction。
この論証では、我々は物事の集まりの一部を観察してから集まり全体への一般化に至る。
論証17〔同じ店舗の商品〕
あのコンピュータ店から私が購入したすべてのフォーマット済ディスクは欠陥品だ。
したがって、あのコンピュータ店で販売されたすべてのフォーマット済ディスクはおそらく欠陥品だ。
論証18〔同じ地区の鷹〕
私が観測した野生保護区のすべての鷹は赤い尾羽根を持っていた。
したがって、この保護区のすべての鷹は赤い尾羽根を持っている。
論証19〔同じ地域住民の意見〕
私がボストン市の各地区でインタビューしたボストン市民の60%は中絶容認 pro-choice である。
したがって、すべてのボストン市民の60%は中絶容認である。
これらの列挙的帰納論証が強い strong かどうかは、ひとえに観察された標本の数と代表性〔=量と質〕にかかっている。代表性とは集まりのどの要素にも標本になるチャンスが等しかったかどうか〔偏りなく抽出されたか〕ということである。
2. 類推的帰納または類推による論証 analogical induction or argument by analogy。
二つ以上のものについて、幾つかの点が類似しているとき、それらはおそらく別のもう一つの点でも類似している、と我々は理屈をこねるものである。
論証20〔ヒトとチンパンジーの類似〕
ヒトは立って歩き、簡易な道具を使い、新しいスキルを学び、そして演繹的論証を考案できる。
チンパンジーは立って歩き、簡易な道具を使い、新しいスキルを学べる。
したがって、チンパンジーはおそらく演繹的論証を考案できる。
論証21〔時計と宇宙の類似〕
時計は複雑な機構であり、多くの部品を持つ。それらの部品は特定の目的を達成するよう組み合わされているようで、その目的は時計設計者 watch's designer によって選ばれたものだ。同じように、この宇宙は複雑な機構であり、多くの部品を持つ。それらの部品は特定の目的を達成するよう組み合わされていると思われる。したがって、この宇宙にも設計者がいるに違いない。
類似的帰納の強さは比較される二者の類似の程度にかかっている。論証20も論証21も弱い論証である。なぜならば、いずれも類似点を幾つか挙げてはいるものの、重要な相違点を挙げ損ねているからである。
3. 最良の説明への推論 inference to the best explanation。
この論証は我々が日常的にも使うし、科学的探求の核心を成す種類の推理である。そもそも論証とは何かがその事情に当てはまる〔SがPである〕と我々が信じる理由を与えるものであることを思いだそう。これとは対照的に、説明とは何かがその事情になぜ当てはまるのか、どのように当てはまるのか〔=複数の命題を真にさせる経路〕を述べるものである。説明は結論を明晰化するものの、証明 proof を与えるわけではない。
1. メーガンは間違いなくその内容を理解している。というのも彼女ならばそのテストのあらゆる問題に答えられるだろうから。
2. メーガンはその内容を理解している。なぜならば、彼女は記憶力がいいからだ。
上記1は論証である。結論を信じる理由を二番目の文が提供しているからだ。しかし、上記2は説明である。2は何かを信じる理由を提供していないからである。つまり、2は何も証明していない。その代わり、2は何かがどのようにしてそうであるのか(メーガンがどのようにしてその内容を理解したのか)を示そうとしているのである。2はメーガンがその内容を理解していることを想定し、そうであるならばそれはどのようにしてか〔どのような経路において可能か〕を説明しようとしているのである。このような説明が「最良の説明への論証」では不可欠な役割を演じる。
論証22〔落第した原因〕
タリクは哲学コースを落第した。彼の落第〔した原因〕に対する最良の〔=最も妥当な〕説明は彼がそのコースの内容を読まなかったことである。したがって彼はおそらく内容を読まなかったのである。
論証23〔複数の状況証拠をつなぐ説明〕
陪審員の皆さん、被告 the defendant は殺人の凶器を手に持ち、衣服には血がついており、被害者の財布がポケットに入っていました。また、犯行現場に被告を確認した目撃者もいます。これらすべての事実を考えると、最良の説明は被告が殺人を犯したということです。ほとんど疑いようがありません━━彼は有罪です。
Rule 2-3 諸前提が真であるかどうかを判断せよ Determine Whether the Premises Are True p.38
意識の高い書き手であれば明示した前提をサポート不要なものにしようとするものだ。すなわち、そのようなサポート不要な前提というのは自明であるか、誰も(どの立場・どの派閥からも)反対しないようなものにしようとするものである。もし結論をサポートする前提にさらにサポートが必要ならば、次のようなサポートが必要となる。
実例の引用
統計データ
調査結果
専門家の意見
その他の証拠や理由
これらのサポートによって支えられる前提は、やはりそのサポート(=前提の前提)に対して結論の関係になければならない。君が読み手の場合、前提がこれらのサポートによって支持されているかどうかを検討すること。反対に、君が良い論証を書こうとするときでも、やることは同じである。君は単に結論に対して前提を説明するだけでは不十分である。君はそれらの前提に十分かつ信頼可能な証拠や理由を供給する必要がある。
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